「旅の効用」後編・・・それは「長期ビジョンの閃き」

「旅」の大きな魅力は、飛行機や新幹線、或いは、車で移動中に過ごす時間が、ちょっと長めの事(長期ビジョン)を考える上で「最適の時間」である事だ。
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思えば、2000年からスタートした「八ヶ岳ライフ」の切っ掛けとなったのは、1998年秋の国際金融危機真っ只中でのロンドン出張であった。

出張の前に、自宅近くの書店で何冊か気紛れで購入した書籍の内の1冊が、荒川じんぺいさんの名著「週末は森に棲んで」だった。

同書をロンドンからの帰国便で読み終えた後に、直感的に今後の「生き方」を大きく変えるべきだと思った。

帰国直後に「僕は森に家出します」と「森の作法」を書店で取り寄せて、貪るように読んだ。

これら「森の3部作」読了後、すぐに八ヶ岳界隈の情報収集に着手し、翌年には、現在の八ヶ岳本宅を購入したのである。

荒川じんぺいさんの「週末は森に棲んで(中央)」とのロンドン出張の際の偶然の出会いがなければ、私の「八ヶ岳ライフ」はそもそも無かっただろう。

当時は38歳で、自宅を購入してから5年も経過していなかった。

まだまだ「住宅ローン」をタップリと抱えていたのだが、「まあ、持ち家2軒くらいは何とかなるさ…」と前向き(楽観的)に考えて、将来のためにリスク・テイクしたのである。

結局、計画していた以上に順調(楽)に何とかなっちゃったし、自宅と八ヶ岳のデュアル・ライフがもたらしてくれたリターンは、事前の想定を大きく上回った。

ゆえに、10年、20年、30年といったような長期に及ぶタイムスパンでの「閃き」を得られるのが、最大の「旅の効用」のひとつであると考えている。
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コロナ禍を契機に、年間100日近かった「対面講演の地方講演出張(巡業)」にアッサリと見切りを付けて、オンライン講演とアドバイザリー業務主体のビジネスモデルへの移行を進めて、早5年近くが経過した。

元々は、2021年1月8日、東京都と首都圏3県に発出された2回目の「緊急事態宣言」が、ビジネスモデル見直しの起点であった。

だが、一過性の対応に留まらず、「完全な移行」へと踏み切る決定打となったのが、2021年7月の草津・軽井沢トリップだったのである。

閑散とした草津湯畑と軽井沢アウトレットを見た時に、仮に新型コロナが終息しても、同じような事態が、将来、再び(繰り返し)起こる時代の到来を予感したのだ。

私(我が社)的には「ルビコン川を渡った日」となったね。

2021年7月初旬の草津・軽井沢旅行はコロナ禍の真っ只中。湯畑が閑散としていた光景は今でも忘れられないな…
軽井沢のアウトレットもお客さんがほとんどいなかった。講演活動のオンライン本格シフトを決める上で、決定打となった旅行だったね…

こういった旅先での何てことはない光景が、振り返ってみると、まるでサインポストのような重要な意味を持っていた事が、他にも何回もあった。

そんな時々に閃いた直感に基づいた判断が、これまでの人生、結局、「結果オーライ」だったように思える。
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実は、今回の2泊3日の草津・軽井沢トリップでも似たような閃きがあった。

我が家の社主さま(家内)は、車の運転が好きで得意である。

自分の愛車「赤いアコード」と一緒に嫁入りしてきた程で、車の運転歴は私よりも長い。

かつての愛車であるランクルやD4といった大型車の車庫入れなんて、私よりも上手かった。

国内旅行で車を運転する際には、運転距離は私と半々が基本なのだが、彼女の方が長くなることも多々ある。

今回の蓼科経由で佐久に回る峠越えルートも「私が運転するわ!」との事だったので任せてしまった。

八ヶ岳オフィスには雪がまったく無かったので、雪道の走行はほとんど無いだろうと予想していたのだが、県道152号「大門街道」の連続カーブを過ぎた辺りから、路面は雪に覆われて完全に凍結。

「運転代わろうか?」と言うと、「この程度の雪道なら平気よ。おとちゃんの雪道走行の安定性を試してみたいの。」なんて言葉が返ってきた。

あっ、そう 🙄 

雪道は続くよいつまでも… こんな雪&凍結路を難なく運転する社主さまは、正に「スーパー嫁」だ。まあ、おとちゃんの悪路走行性能も優れているんだろうけど…

おとちゃんも、OVERTRAILの名に恥じない安定した走行ぶりで、D4やランクルにも負けていなかったな。
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だが、白樺湖辺りがピークかと思った雪道(凍結路)が、その後も延々と続いたのである。

そして、下りの方が、明らかに凍結が非道かった。

そんな雪道を見ていたら、「もう、じゃなくて、まだの発想が大切だな。人生もこんなものだよね!」との思いが頭に浮かんだ。

そして「人生残りの3分の1のプランを新たに組もう」と閃いた。

私も社主さまも、今年で65歳。85歳まで生きることを前提とすると、人生はもう8合目手前だ。

だが「100歳まで生きる(生きてしまう)こと」を想定すると、まだ「人生3分の2」に、差し掛かったばかりなのである。
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これまでのライフプランは、男性の平均寿命81歳、女性の88歳を前提に、85歳程度を目途に組んでいたのだが、それじゃあ、かなり甘いな…

実際、昭和1桁生まれの義理の父、私の両親は平均寿命を上回った。やや早く亡くなった義理の母を含めても平均寿命と同じ位だろう。

親の世代と比較して、生活環境や医療環境が格段に向上した時代を生きてきた「昭和30年代後半生まれ」の私と社主さまは、やっぱり保守的に「人生100年(のリスク)」を前提としたライフプランニングが必須なんだろうね。

令和2年統計では、男性の平均寿命のトップの座を「滋賀県」に譲ったが、長野県が滋賀県と並んで、男女共に「長寿県」である事に変わりはない。※この資料は厚生労働省の令和2年都道府県別平均寿命統計から抜粋したものです。
同じく令和2年統計では、自宅のある「川崎市麻生区」が、男女共に市町村別平均寿命ではトップなのだ。別に平均寿命を考慮してデュアル・ライフの拠点を選んだわけでは無いのだが…※この資料は厚生労働省の令和2年市町村別平均寿命統計から抜粋したものです。

加えて、我が国も「インフレの時代」が長期化することが避けられそうもない。

年末に、インフレ時代に対応し、一部保険の保険(付保)金額見直しを実施したばかりだったが、世の中のゲームのルールが変わった事への対応は、もっと抜本的、かつ、包括的に実施する必要がありそうだ。

数年前に趣味で取得したFP資格の知識が、やっと活かせそうな時期が到来したのである。
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佐久の市街地に入ると、雪はまったく無く、まるで別世界のようだった。

その頃には、夫婦共に65歳となる2026年の大きな目標は「今後35年のライフプラン構築」と決めていた。

そんなわけで、今回の旅も「大きな効用」を実感。

次の旅は、3月下旬の講演とプライベート旅行を絡めた「WiL型 四国の旅」となるかな…

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